やねだん発 アートの力で元気に!

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    1月12日〜16日まで、
    鹿児島県柳谷地区自治会、通称“やねだん”から
    画家の大窪明子さんと石原啓行さんがいらっしゃいました。

    目的は、アートの力で被災地を元気づけるプロジェクトとして
    以下の2つを一緒に行いました。

    1)仙台市内の仮設住宅で、移動おもちゃ・絵本号として運行している車に、
      子どもたちと一緒にペイントする

    2)石巻市開成地区の仮設交流拠点「あがらいん」の壁にペイントしてもらう
       ちなみに、「あがらいん」の中はこんな感じです


    寒気ですご〜く寒く、子どもたちが集まってくれるか不安でしたが、
    ふたを開けたら元気な小学生の女の子たちが集まってくれました。
    すぐに手がかじかんでしまう中、
    元気な子どもたちと合間に鬼ごっこをして暖をとり、
    車がとても素敵に完成!
    大人の方々も足を止めて、見入ってくださいました。
    一緒に描いた子どもたちも大満足。
    これから毎週仙台市内で運行しますので、見かけたら手を振ってね!(笑)
    私も運転するのが楽しみ^^



    「あがらいん」の壁・・・
    こんな感じでしたが


    太陽が出現中♪


    合間に、ご近所の方とぜんざいを食べながら、おしゃべりに花を咲かせつつ
    作業いただきました。
    完成した壁画の全貌は、後日あらためて紹介しますね^^
    「あがらいん」の新しいシンボルです。

    大窪さん、石原さん、
    寒さでエネルギー消費が激しいなか、すてきなアートをありがとうございました!!

    (共同ネット:友)

    「私たちの3.11」出版記念披露パーティーにて

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      2011年11月26日
      私たちの3.11 豊中に避難してきた人たちの東日本大震災
      (豊中市社会福祉協議会 編著)が出版されました。

      12月2日(金)に豊中市内で
      「私たちの3.11」出版記念披露パーティー&避難者を囲む会が開かれ、
      出席させていただきました。
      本を一通り読んでいたのと、
      TVのニュースで本が紹介された映像に避難されてきた方のインタビューもあったので、
      会場内でお会いする避難者のみなさんは、
      初対面だけど、初対面じゃないような不思議な感じがしました。

      パーティーの中盤では、出席された方々が、
      お一人ひとり、自己紹介と、震災が起こったときのこと、
      豊中に避難した経緯、豊中にあたたかく迎えてもらったことへのお礼、
      今の生活状況、
      そして、色々悩んだ末、
      故郷を離れて、長期にわたって避難することを決めた苦悩などを赤裸々に語ってくれました。

      そこに参加されていた避難者の方々の多くは福島県からの避難でした。
      誰だって、好きで故郷を離れたわけではないので、
      避難されてきた方々の生の声を聞くと、とてもせつない気持ちになりましたが、
      前向きに頑張っていこうとする言葉も聞くことができたので、嬉しくもありました。
       パーティーの終わりに、豊中びーのびーのプロジェクトメンバーのみなさんの演奏で、

      「上を向いて歩こう」「ふるさと」を参加者全員で歌い、お開きとなりました。




      この「私たちの3.11 豊中に避難してきた人たちの東日本大震災」には、
      福島だけではなく、宮城県や千葉県から避難してきた方々の声や、
      インタビューを担当した学生さんたちの感想も掲載されています。

      そして、震災後、さまざまな形で被災地支援、避難者支援を続けている
      豊中市社会福祉協議会のみなさんの熱い気持ちが、たくさん詰まった一冊です。
      ぜひ、ご一読ください。

      (共同ネット:T.N)


      物資倉庫を閉鎖します

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        共同支援ネットワークでは、
        震災直後から、インターネットや新聞を通じて広く支援物資を募り、
        希望する被災地へ配布してまいりましたが、
        今月末で物資倉庫を一旦閉めることにいたしました。

        理由は、共同支援ネットに寄せられる物資要請がなくなり、
        また、被災地でお店が少しずつ再開しており、地元経済を支援するためです。
        これまでご協力いただいた皆様に、深く感謝申し上げます。

        なお、共同支援ネットワークでは、
        仮設住宅を巡る移動おもちゃ・絵本号の運行や
        被災者同士の交流の場づくりなどの活動を継続しております。
        今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

        (共同支援ネットワーク事務局一同)


        落語会

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          縁あって、
          石巻現地事務所から最も近い仮設住宅集会所(桃生町城内仮設)で
          「落語会」を開催しました。
          来てくださったのは、『今そこ演芸団』のみなさん。
          「落語会」のご案内ちらしは、仮設住宅、地域の老人会の方、
          渡波サロンの皆さんに配布し、参加のお誘いをしました。
          当日落語家さんたちは少し早めに来られ、
          仮設内にお囃子のCDを流し雰囲気を盛り上げてくださいました。

          集会所の床にござを敷き座布団を並べ、
          その周りにはパイプ椅子を配置し30席ほどの小さな寄席が出来上がりました。
          そして仮設の方、地域の方、渡波サロンの方、私たちボランティアも
          みなさんと肩を並べて座りました。

          いよいよ開幕。三味線あり、腹話術ありの豊かな内容で、
          窓越しの日差しの暖かさを受けて、笑いは集会所いっぱいに広がりました。
          人生経験をどんと積んだ「お客さん」からは終始、掛け声もかかり、
          若い落語家さんは座を勤めておられました。

          そして、この場所で、
          震災後初めて親戚の方同士が顔を合わせたりだとか、
          震災前に利用していたお店の方とお客さんが久しぶりに再会したとか、
          思わぬ出会いがありました。
          「ここの仮設にいたんだね」「どうしてた?」「元気だった?」と。
          人はいろいろなつながりの中で暮らしており、
          震災でその繋がりが無残な状況で切れてしまいました。
          今回のような活動を通じて、以前のつながりを取り戻したり、
          新たなつながりを作っていくきっかけになったら何よりだと思いました。

          日に日に寒さが増していきます。
          仮設住宅の防寒対策は遅々としていますが、落語会は暖かな会となりました。
          余韻さめやらぬ翌朝、落語会に参加してくださった近所の方が、
          次の活動の「お手伝いをしよう」と石巻事務局に立ち寄ってくださいました。
          人々のつながりは、この大震災の中でも負けることなく新たな力を蓄えています。
          前へ前へと進む力を大きくしています。
          落語会はそのことを教えてくれました。 


          大牟田からの便り2

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            前回に続き、福岡県大牟田市からボランティアとして参加してくれたAさんの文章です。
            支援活動に協力してくれた友人・知人に対し送った報告を、
            ご本人の許可のもと、ここに掲載させていただきます。


            3つ目は「1日1笑」です。
            現地の方が着ていた服に「1日1笑」と書いてありました。
            この言葉を見たとき、元気が出ました。

            震災直後、大切な人、家族、家、車などすべてを失った方たちは、
            笑うなんて状況でなかったと思います。
            でも、いまはたくさんの笑顔を見ることが出来ます。

            自分は笑うなんて意識したことがありませんでしたが、
            実は「笑う」ということはとても大事なことだと分かりました。
            「1日1笑」これも忘れられない言葉です。


            今回、2週間被災地に行き、多くの方と話しをし、現状を知ることができました。
            暖かい布団で寝ることができる、家族がいる、
            水やお湯が出る、3食食べることができるなど、
            いままで当たり前だと思っていたことが、
            実はとても幸せなことだと本当に思いました。
            家族や友人にも感謝です。

            南三陸町のすばらしい歌津をつくる協議会が製作、販売している「絆Tシャツ」も
            たくさんの方に購入をしていただきました。
            みなさんが協力してくれたこと、本当に幸せなことだと知りました。

            最後まで読んでいただきありがとうございました。


            大牟田からの便り1

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              福岡県大牟田市からボランティアとして参加してくれたAさんの文章です。
              支援活動に協力してくれた友人・知人に対し送った報告を、
              本人の許可のもと、ここに掲載させていただきます。
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              復興支援ボランティアに参加して

              今回10月10日から10月24日の2週間、
              宮城県の南三陸町に、津波による塩害杉
              (事務局注:津波により潮を被った杉。遠からず枯れてしまい、倒木の危険もある)
              でベンチを作り、仮設住宅に設置し、
              コミュニティつくりの場として活用してもらうという、
              福岡県大牟田の「絆ベンチプロジェクト」の復興支援ボランティアに行って来ました。

              はじめは、
              「現地の人とうまく話ができるだろうか」
              「津波のこと・・・・聞いても大丈夫なのか」
              と不安ばかりでした。

              しかし、このプロジェクトの名前を出すとすぐ理解してくれ、
              前任の方々が「信頼関係」をしっかり作ってこられたのを実感しました。
              2週間というと長いようで、短く、あっという間でした。
              その中で、印象に残った言葉と感じたことを、3つ報告したいと思います。

              1つ目が「絆」です。
              やはり人は一人ではなく、みんなと関わりあいながら、
              お互いを信じ、助け合っていくことの大切さを知りました。


              2つ目に、「他人に殺されたりは別だが自分では死ぬな」という言葉です。
              この言葉は大工をしているSさんが、僕に言ってくれた言葉です。

              Sさんは、近くの学校の野球部の子たちに、数回野球を教えたことがあったそうです。
              津波の第1波が来た後、まだ建物の中に人がいるということで、
              近くのグランドにいたその野球部の子たちに、
              「正直に、怖かったら来なくてもいいから」と声をかけたそうです。

              するとそこにいた野球部全員がSさんのところに来たそうです。
              そして、「少しでも、息をしている人がいたら、どんなにしても助けるぞ」と指示を出し、
              10人くらいの命が助かったそうです。
              「中にはもう息をしていない人もいて、本当に地獄図だった。
              17、18歳で、あれは精神的にまずかったかなと後ですごく反省した」と、
              僕にわからないように涙をポロリと流しながら言われました。

              そして、2、3日後に新聞記者、テレビ関係者がSさんの指示に対して質問をしに来られ
              「何であんな指示を出したんですか」
              「また津波が来ていたらどうするつもりだったんですか」
              と言われたそうです。
              Sさんはただただ「すみません」と謝ることしか出来なかったそうです。

              しかし、その光景を見ていた野球部の保護者が
              「あなたたちはどこの人ですか?私はSさんを尊敬しています。
              そして助けに行った息子も尊敬しています」
              と記者たちに強く言い、追い払ったそうです。

              その言葉を聞いて涙が出た、とSさんは涙を流しながら語ってくれました。
              その話しを聞き僕も涙が止まりませんでした。
              内容が悲しいからというのもあるかもしれませんが、
              会って1時間も立ってない僕に涙を流しながら、話しをしてくださっていることが、
              とてもうれしかったです。

              そして、最後に
              「まだ23歳なら、いろいろ辛いこと、きついことがあるが、
              他人に殺されたりは別だが自分で死ぬな」
              と言い肩をぽんぽんとたたき仕事に戻っていかれました。

              僕は前から自分で死ぬなんてしない!と思っていました。
              しかし、Sさんからこの言葉を聞き、重みを感じました。
              たくさんの人が息をしていない、
              地獄図を見たSさんが言われた言葉や泣き顔を忘れることが出来ないと思います。
              自分に負けそうなとき、この言葉を思い出していきたいです。

              (つづく)


              おいしいものあれこれ2

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                石巻の味は、どれも自慢だが、
                おいしいもののことを考えていたら避難者のみなさんの顔が浮かんだ。

                石巻事務局(地元公民館をお借りしている)と桃生小学校の避難所は、
                歩いて2分くらいのごく近い距離にあった。
                その避難所にいた方々は、震災後の生活で、
                台所に立つことも包丁を持つことも、季節の料理を楽しむことも途切れてしまっていた。
                そこで、時々、石巻事務局でサロンとして開放していた一室で会食をした。
                小さいながら厨房もあったので、みんなで調理することも食べることも楽しんでいた。
                私たちも、たくさんおすそ分けをいただいた。

                三浦さん(80歳)は久々に握った包丁を少しばかりかざして、
                「できっかなあ」とジャガイモをゆっくり切った。
                それは肉じゃがになった。

                みたらし団子、さばの味噌煮。
                にんじんやごぼうや大根を少し細長の乱切りにした煮物は若々しい感じがした。
                正子さんの「千切りキャベツのかきあげ」は斬新なアイデアで目からうろこだった。

                伊藤さんはとても好き嫌いが多いのに、何でもおいしくこしらえた。

                何回もサロンを利用され、避難者のみなさんと私たちは、次第に親しくなった。
                一緒に台所に立ち、お袋の味、故郷の味を教えていただいた。

                そのころ、お茶碗によそったあたたかいご飯は何よりのご馳走だった。

                避難所のそうした経験や仲間と味わったひと時は、その後の生活の糧になっている。

                誰もが生き抜く思いを前へ前へと進めていった。

                久々にキャベツのかき揚げを作ってみたい!


                (共同ネット:N)


                おいしいものあれこれ1

                0

                  共同支援ネットワークの石巻現地事務局は、石巻市桃生町にある。
                  県都仙台市から北東に65キロメートル。
                  北上川、旧北上川に囲まれ豊かな田園風景は四季の移り変わりに彩を添えている。
                  その豊かな台地が育んできたのだろう、桃生町にはおいしいものがいくつもある。
                   
                  『高正ベーカリーのかりんとう』
                  素朴ながらも、とってもおしゃれな味がする。
                  桃生小学校体育館の避難所でのお茶っこのときに、私たちもいっしょにこのかりんとうをいただいた。
                  「おいしかった」と、活動期間が終了に近づくと、手土産に買い求めるボランティアさんも多い。




                  『豆腐工房すずき商店の油揚げ』
                  私たちのボランティアスタッフの避難所への往復は、
                  専任のドライバーさん(この方もボランティア)が担当していた。
                  このドライバーさんは送迎時、道すがらの風景を携帯のカメラに収めていた。
                  その中に気にかかるお店があるという。
                  豆腐屋さんだ。
                  「油揚げを買ってきた。みんなで食べてみよう」と
                  B5判1枚分ほどもある油あげを4人で囲んだ。
                  みな、片手にはビールやお酒。
                  手でちぎりしょうゆをつけて、そのまま口に運んだ。香ばしい。
                  手づかみでたべるのがよく似合うと思った。
                  ドライバーさんは活動を終了し東京に戻ったあとも、
                  時折電話で宅配をお願いしているらしい。
                  私もこの油揚げは今でも手づかみで食べている。



                  『大沼製菓のきび団子』
                  直径が500円玉より少し大きい。
                  一袋に3つ入りでおやつにも、手土産にもちょうどいい。



                  ほかに「桃生ポーク」や「新田さんのクッキー」もお薦めだ。


                  並べてみると・・・油揚げの大きさに驚き!


                  (共同ネット:N)


                  出会い〜雄勝硯とあかりさんとゆきこさん

                  0

                     「国見・千代田のより所 ひなたぼっこ」(仙台市青葉区)は、
                    3・11の東北関東大震災以後、
                    全国から来られるボランティアさんを受け入れる
                    共同支援ネットワークの拠点となった。

                    協働する全国の関係者の皆さんの来訪、打ち合わせのほか、
                    全国からの支援物資もここから被災地、被災者に届けられていった。

                    震災から7ヶ月が過ぎ、「ひなたぼっこ」は
                    徐々に震災前の活動にもどりつつある。
                    昼食時の地域食堂、居酒屋も段階的に再開している。

                    秋深まる金曜日の夕暮れ、
                    初めて「ひなたぼっこ」の居酒屋を訪ねた。

                    今日のおすすめは、秋刀魚(さんま)の刺身。
                    まさに季節もの。
                    表のメニューで幾品かを確認し、靴を脱いで店内に入った。
                    ここでは入り口で靴を脱ぐ。

                    先客で、仲良くおしゃべりをしている2人連れの学生さんのところに行き、
                    仲間に入れてほしいと話しかけると、気持ちのよい笑顔で
                    「ぜひぜひ、どうぞ」と迎え入れてくれた。
                    すでにホッケの開き、チャーハン、鍋物を分け合いながら食べている。

                    私はビールと秋刀魚の刺身をお願いしながら2人の仲に混ざった。
                    ほどなく、黒く光る硯石を盛皿にして、秋刀魚の刺身が出てきた。
                    雄勝(石巻市)の硯石だ。

                    雄勝という地域のこと、被災地のことを
                    多くの人に忘れないでいてほしいという調理人のはからいだ。
                    センスと心意気に胸を打たれる。

                    雄勝も今回の震災で甚大の被害を受けており、
                    私はこの間幾度か雄勝を訪ねていた。
                    鎌谷トンネルを抜けた町の入り口には、
                    雄勝硯伝統産業会館の看板がある。
                    全国の90パーセント以上のシェアを持つ硯石だが、
                    東京駅、北海道庁、神戸異人館にも
                    雄勝の天然石のスレート材が屋根の建材として使われている。
                    新鮮な魚介類と共に、この町の誇りとなっている。

                    「私、知っています。石巻市出身なので、
                     小学生のときに学校で習いました」とあかりさん。

                    「わざわざ宮城までボランティアに来てくれたんですか。
                     ありがとうございます」とゆきこさん。

                    私は西からボランティアとして、この地に来た。
                    東北の彼女らと震災や郷土の産業、味自慢、
                    また彼女らの将来など、時間を忘れてさまざまな話をした。

                    この夜私はたくさんの肴を頂いた。
                    秋刀魚の刺身、彼女らとの語らい、雄勝硯、
                    どれも酒の肴にうってつけだった。
                    全てに感謝。
                    やはり復興の役にたちたいと思う。
                     
                    追伸 「ひなたぼっこ」の居酒屋は毎週金曜日、午後5時30分から午後9時まで営業中。

                    (共同支援ネット:N)


                    雄勝診療所について

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                      石巻現地事務局の駐車場に
                      「共同支援ネットワーク」のステッカーが貼られた
                      シルバーの軽ワゴン車が止まっている。

                      雄勝(おがつ)診療所所長として赴任された
                      小倉健一郎先生の通勤車だ。

                      小倉先生は、
                      震災2日後にはAMDA(アムダ)の一員として、
                      CLCスタッフと共に仙台市、石巻市、南三陸町などで
                      医療支援に従事されていた方である。

                      この度、医師として被災地医療への思いを抱かれ、
                      地域再生の一翼を担いたいと、
                      神戸から、震災後無医地区となっていた石巻市雄勝町にやって来られた。

                      早速往診も開始し、開院準備に忙しいなか、
                      当事務所に寄ってくださった。

                      ちょうどこの日、
                      私たちボランティアが親しくお付き合いしている仮設住宅の遊佐さん宅に、
                      地域包括センターの方をご案内することになっていた。
                      仮設内で行われる交流会についての相談をするためである。

                      遊佐さんは雄勝出身。
                      「先生も一緒に行きませんか」とお誘いすると、
                      「いいですね。ぜひご一緒させてください」と共に訪問することに。

                      遊佐さんは、目を細めて先生をみた。
                      そして雄勝の魅力を一杯語った。

                      「先生、雄勝はいいよ。おいしいものが一杯あっからね」
                      「先生にはね、一人一人の話を聞いてほしい。
                       みんなとよくおしゃべりをしてほしい。それが一番最初の診療だと思うよ」

                      遊佐さんが、繰り返し雄勝を語るあいだ、
                      先生は遊佐さんの奥さん手作りのきゅうりの漬物などほおばり、
                      うなずきながら聞いていた。

                      10月5日(水)に、雄勝診療所が開院した。
                      診療所の向こうには豊かな雄勝湾が見える。
                      先生は震災以後、
                      この地を離れて暮らす人々にもぜひ雄勝を訪れてほしいと思っている。

                      しっかりとした医療の提供はもちろんだが、
                      人が集う場を作り、雄勝の復興に繋げたい。
                      この地で生きていく人々を見つめ続けようとする決意は固い。
                      そして、町の人々に負けないくらい雄勝の魅力を語り始めるのは
                      そう遠くないかもしれない。

                      (共同支援ネットワーク:N)


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