スポンサーサイト

0
    • 2016.05.12 Thursday
    • -
    • -
    • -
    • -
    • -
    • by スポンサードリンク

    一定期間更新がないため広告を表示しています


    落語会

    0

      縁あって、
      石巻現地事務所から最も近い仮設住宅集会所(桃生町城内仮設)で
      「落語会」を開催しました。
      来てくださったのは、『今そこ演芸団』のみなさん。
      「落語会」のご案内ちらしは、仮設住宅、地域の老人会の方、
      渡波サロンの皆さんに配布し、参加のお誘いをしました。
      当日落語家さんたちは少し早めに来られ、
      仮設内にお囃子のCDを流し雰囲気を盛り上げてくださいました。

      集会所の床にござを敷き座布団を並べ、
      その周りにはパイプ椅子を配置し30席ほどの小さな寄席が出来上がりました。
      そして仮設の方、地域の方、渡波サロンの方、私たちボランティアも
      みなさんと肩を並べて座りました。

      いよいよ開幕。三味線あり、腹話術ありの豊かな内容で、
      窓越しの日差しの暖かさを受けて、笑いは集会所いっぱいに広がりました。
      人生経験をどんと積んだ「お客さん」からは終始、掛け声もかかり、
      若い落語家さんは座を勤めておられました。

      そして、この場所で、
      震災後初めて親戚の方同士が顔を合わせたりだとか、
      震災前に利用していたお店の方とお客さんが久しぶりに再会したとか、
      思わぬ出会いがありました。
      「ここの仮設にいたんだね」「どうしてた?」「元気だった?」と。
      人はいろいろなつながりの中で暮らしており、
      震災でその繋がりが無残な状況で切れてしまいました。
      今回のような活動を通じて、以前のつながりを取り戻したり、
      新たなつながりを作っていくきっかけになったら何よりだと思いました。

      日に日に寒さが増していきます。
      仮設住宅の防寒対策は遅々としていますが、落語会は暖かな会となりました。
      余韻さめやらぬ翌朝、落語会に参加してくださった近所の方が、
      次の活動の「お手伝いをしよう」と石巻事務局に立ち寄ってくださいました。
      人々のつながりは、この大震災の中でも負けることなく新たな力を蓄えています。
      前へ前へと進む力を大きくしています。
      落語会はそのことを教えてくれました。 


      大牟田からの便り2

      0

        前回に続き、福岡県大牟田市からボランティアとして参加してくれたAさんの文章です。
        支援活動に協力してくれた友人・知人に対し送った報告を、
        ご本人の許可のもと、ここに掲載させていただきます。


        3つ目は「1日1笑」です。
        現地の方が着ていた服に「1日1笑」と書いてありました。
        この言葉を見たとき、元気が出ました。

        震災直後、大切な人、家族、家、車などすべてを失った方たちは、
        笑うなんて状況でなかったと思います。
        でも、いまはたくさんの笑顔を見ることが出来ます。

        自分は笑うなんて意識したことがありませんでしたが、
        実は「笑う」ということはとても大事なことだと分かりました。
        「1日1笑」これも忘れられない言葉です。


        今回、2週間被災地に行き、多くの方と話しをし、現状を知ることができました。
        暖かい布団で寝ることができる、家族がいる、
        水やお湯が出る、3食食べることができるなど、
        いままで当たり前だと思っていたことが、
        実はとても幸せなことだと本当に思いました。
        家族や友人にも感謝です。

        南三陸町のすばらしい歌津をつくる協議会が製作、販売している「絆Tシャツ」も
        たくさんの方に購入をしていただきました。
        みなさんが協力してくれたこと、本当に幸せなことだと知りました。

        最後まで読んでいただきありがとうございました。


        大牟田からの便り1

        0

          福岡県大牟田市からボランティアとして参加してくれたAさんの文章です。
          支援活動に協力してくれた友人・知人に対し送った報告を、
          本人の許可のもと、ここに掲載させていただきます。
          ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

          復興支援ボランティアに参加して

          今回10月10日から10月24日の2週間、
          宮城県の南三陸町に、津波による塩害杉
          (事務局注:津波により潮を被った杉。遠からず枯れてしまい、倒木の危険もある)
          でベンチを作り、仮設住宅に設置し、
          コミュニティつくりの場として活用してもらうという、
          福岡県大牟田の「絆ベンチプロジェクト」の復興支援ボランティアに行って来ました。

          はじめは、
          「現地の人とうまく話ができるだろうか」
          「津波のこと・・・・聞いても大丈夫なのか」
          と不安ばかりでした。

          しかし、このプロジェクトの名前を出すとすぐ理解してくれ、
          前任の方々が「信頼関係」をしっかり作ってこられたのを実感しました。
          2週間というと長いようで、短く、あっという間でした。
          その中で、印象に残った言葉と感じたことを、3つ報告したいと思います。

          1つ目が「絆」です。
          やはり人は一人ではなく、みんなと関わりあいながら、
          お互いを信じ、助け合っていくことの大切さを知りました。


          2つ目に、「他人に殺されたりは別だが自分では死ぬな」という言葉です。
          この言葉は大工をしているSさんが、僕に言ってくれた言葉です。

          Sさんは、近くの学校の野球部の子たちに、数回野球を教えたことがあったそうです。
          津波の第1波が来た後、まだ建物の中に人がいるということで、
          近くのグランドにいたその野球部の子たちに、
          「正直に、怖かったら来なくてもいいから」と声をかけたそうです。

          するとそこにいた野球部全員がSさんのところに来たそうです。
          そして、「少しでも、息をしている人がいたら、どんなにしても助けるぞ」と指示を出し、
          10人くらいの命が助かったそうです。
          「中にはもう息をしていない人もいて、本当に地獄図だった。
          17、18歳で、あれは精神的にまずかったかなと後ですごく反省した」と、
          僕にわからないように涙をポロリと流しながら言われました。

          そして、2、3日後に新聞記者、テレビ関係者がSさんの指示に対して質問をしに来られ
          「何であんな指示を出したんですか」
          「また津波が来ていたらどうするつもりだったんですか」
          と言われたそうです。
          Sさんはただただ「すみません」と謝ることしか出来なかったそうです。

          しかし、その光景を見ていた野球部の保護者が
          「あなたたちはどこの人ですか?私はSさんを尊敬しています。
          そして助けに行った息子も尊敬しています」
          と記者たちに強く言い、追い払ったそうです。

          その言葉を聞いて涙が出た、とSさんは涙を流しながら語ってくれました。
          その話しを聞き僕も涙が止まりませんでした。
          内容が悲しいからというのもあるかもしれませんが、
          会って1時間も立ってない僕に涙を流しながら、話しをしてくださっていることが、
          とてもうれしかったです。

          そして、最後に
          「まだ23歳なら、いろいろ辛いこと、きついことがあるが、
          他人に殺されたりは別だが自分で死ぬな」
          と言い肩をぽんぽんとたたき仕事に戻っていかれました。

          僕は前から自分で死ぬなんてしない!と思っていました。
          しかし、Sさんからこの言葉を聞き、重みを感じました。
          たくさんの人が息をしていない、
          地獄図を見たSさんが言われた言葉や泣き顔を忘れることが出来ないと思います。
          自分に負けそうなとき、この言葉を思い出していきたいです。

          (つづく)


          さんりく園へ車両譲渡

          0

            北海道上川郡美瑛町の特別養護老人ホーム美瑛慈光園より
            岩手県大船渡市の特別養護老人ホーム「さんりくの園」に
            車両の譲渡をいただきました。
            担当されたKさんより、レポートが届きましたので
            了承のうえ、転載いたします。

            ***

            共同ネットでマッチングいただき、
            車両を届けに5月7日から、北海道→仙台→大船渡へ。
            震災から2ヶ月、復興の明るいニュースを見慣れていた自分にとって、
            荒浜、気仙沼、陸前高田などの被災状況は衝撃でした。
            ほとんど報道されていないであろう海岸沿いのいくつかの小集落は、
            未だがれきの多くが片付けられていません。
            ここに住んでいた人たちは、今どのように過ごされているのか気になります。

            車両を寄贈するため、施設の総務課長さんと市内にて打ち合わせを実施。
            車はその後、盛岡の岩手軽自動車検査協会に持込。
            名義変更の手続き代行をしましたが、震災の影響か、ものすごい混雑!
            なんとか新しいナンバーの交付を受け、
            岩手県社協に施設への引渡しを依頼してきました。
            近日中に引渡しの予定です。



            また、法人さんのサービス再開状況についても伺いました。

            特養入所者の大半が亡くなってしまったこの施設では、
            入所サービス休止中、現在サービス再開は
            訪問介護と通所を中心に法人職員さんが交代で支援に当たっています。

            特にデイサービス再開は多くの人が心待ちにしていたよう。
            民家を借りて再開した小規模デイには、
            被災後も7割方の利用者さんがまた来てくれていて、
            それが職員さんの励みにもなっています。

            施設は全壊、建て替えが必要。送迎用のワゴンやリフト付車両が不足。
            そしてこれからの、事業再建と働き方の課題。

            慰霊碑の前で、亡くなられた方々に手を合わせる。
            壊れた施設の中で、相談員さんから語られたあの日の壮絶な体験。
            自身が津波にのまれながらも、
            ここで必死に利用者を助け出そうとした職員さんたち。
            涙が出る思いで、ただ頷いて聴くことしかできませんでした。
            その職員さんたちも、今は再起に向けて懸命に仕事に励んでいます。

            “人間ってすごく強い”ことを学ばせていただき、
            もし自分だったら…と自問自答しています。

            (N.K/北海道)


            被災地のみなさん

            0

               調査のため、4月7日まで被災地で活動していた
               N.Mさんより、レポートをいただきました。
               紹介いたします。



              被災地のみなさん、先日の予想外の余震の影響はいかがですか?
              ちょうど7日に仙台を離れた私は、みなさんのことが気になってたまりません。

              もう一つ気になっているのが南相馬市の方々。
              各地の施設等の実態把握のために訪れた南相馬。
              屋内退避の指示が出ているこのまちは、
              店のシャッターが閉まり、道行く人々もまばら…。
              だけど、まだ2万人近く残っておられる人々の生活は続いています。

              家で動けない人々に、
              ボランティアさんや民生児童委員さんたちが食料や日常生活用品を配る。

              「食べることのできない高齢者の高栄養補助食や水が足りないです」
              ボランティアさんは辛そうにつぶやく。

              市の配給には700人が2時間待ちの長蛇の列。

              そこに並んだ82歳のUさんは
              「人口7万人から6万人が避難して、まるで幽霊町みたいになった。
               けれど、放射能が落ち着いたら、また、徐々に戻ってきた。
               避難所も親戚の家も長くおられなかった。
               やっぱり、南相馬がいいよ。家がいいよ。
               子どもはだめかもしれないが、
               年寄りになるともう先が短いから何で死んでもいっしょだ。
               だけど、ここにも一生懸命生きている者がいることをみなさんに伝えてください」
              と目を真っ赤にして訴えた。

              Uさん、伝えるよ。
              いつ引くかわからない見えない津波の下で郷土を誇りに思っておられるみなさんのことを。
              私は被災地を離れて、
              ますますUさんと別れ際に交わした手のぬくもりが離れられない。

              (M.N/兵庫県)


              石巻より

              0

                3月31日(木)〜4月5日(火)で、
                石巻市内の避難所で活動をしました。
                スポーツセンターで560人ほどの地元被災者の方と
                寝食をともにしました。

                災害ボランティアの経験はあったものの、
                介護ボランティアとして派遣されたという先入観が多少なりともあった私は、
                現地でボランティアのあり方を常に意識させられました。

                今回は
                介護職や、医療関係の資格を持つボランティアが派遣されるということで、
                まず現地に入り活動を始めるボランティアに同じような傾向がみられ、
                時にはそれが現場での大きなストレスやに壁なってしまいました。
                それは、長いミーティングと、
                (人により)現場で指示されないと動けないという、
                一種の職業病でした。

                1日17時間動き続け、くたくたになった深夜に2時間もミーティング・・というところも。
                肝心なのは、「会社」で「働いて」いるのではなく、
                「被災地」で「ボランティア」をしに、
                さまざまな考えや価値観を持った人がいるチームだと理解することではないかと思います。

                私がいたボランティアチームのリーダー的存在の方は、
                さまざまな場所でいろいろな経験をされていた方だったので、
                とてもシンプルに
                ボランティア同士でミーティングのような確認を15分ほど
                朝、晩、行います。
                毎日声をかけ合い、確認しないと、
                疲れのせいで忘れてしまいがちな重要なことでした。

                「毎日忙しく動いているのに、
                 緊張しているせいで疲れているのにみんな気がつかない、
                 まず休憩は個々で勝手にとる。
                 休んでいても誰も怒らないから」

                「水分は意識してとって、お互いに声かけあって」

                「気がついた人手が回らない所を、黙ってやるすぐ動く。
                 私がんばっていますなんて空気を出さない、
                 地元の人のプライドを傷けるような態度をとらない」

                「活動期間内の生活で文句をいわない、
                 よそ者同士で大声で笑う姿を見せない」

                日赤の看護師さんや、
                別口のボランティアグループの派遣も充実してきた現場では、
                専門的なサポートはそちらに任せて、
                日々流動的に変わっていくニーズに対応します。
                まずは生活ありき。

                「今日は誰も死ななかった。
                 今日は誰も傷つけなかった。
                 今日は誰かが話してくれた」

                細かいことを完璧にこなせる一日なんてありませんし、
                ストレスに感じるだけなので
                「みんな疲れてるんだよ、上々だよ」と
                笑顔で翌日の生活へと臨みます。

                家や大切な人達が津波で流された、
                壮絶な体験をした人たちの毎日の生活を黙って支え、
                土地にとどまり、これからも生活していく人たちに
                他所から訪れるボランティアにできることはとても小さいと思います。
                だからこそ無責任な事は言わない、しない、
                ボランティアの関わらない生活が1日でも早く訪れることなど、
                根っこの部分の確認です。

                大切な事柄だけ、後続の方に引き継ぎをし、
                後は思い思いの活動をしてそれぞれの生活に戻ります。
                避難所の職員の方はやさしくいってくださいました。

                「私たちは短くても1年はここにいるしかない覚悟をしているから、
                 季節が変わったらまた訪ねてきてください」と。

                「やさしい」とはどういうことか、考えさせられる活動となりました。

                (N.S/埼玉県)


                Face to Face 隊の活動 その4

                0

                   今日、仙台市青葉区の「ひなたぼっこ」で、新たな、
                  心あたたまる出会いがありました。
                  Oさん、Aさんと、お茶をしながら、大笑い話!にぎやかに!

                  Oさんは、「今回の津波は、大切な人、大切な物を流され、悲しい思いはしたけれど
                  しかし、その反対に、何か大切なことを気づかせてくれるきかっけに、なったのかもしれない」
                  と話してくれた。

                  今の時代に何が必要か?
                  人と人のつながりだ。
                  「遠い親戚より近くの他人」というように、近くの人の存在が、改めて重要だと感じた。

                  また、子どもたちが外で遊ぶ光景を見かけることが多くなった。
                  子どもたちの笑い声は、人の心を豊かにする。
                  そして、子どもたちの声は、心をあたたかくする。
                  そして、「楽しい人生を!」
                  今は、前を向いて楽しくと微笑みながら。

                  このお茶飲みは、私の心をあたたかくした。
                  復興のポイントがここにある。
                  悲しいこと、苦しいこと、たくさんの大切な物を失ったけれど
                  復興に欠かせないのは、コミュニティーの力。

                  人と人のつながり
                  支え合い
                  みなさんの団結力。
                  人の力が、みなさんの知恵が、復興への近道になる。
                  だからこそ、楽しく、前向きに、歩みだそう。ご近所が「チーム」として。


                  Aさんとmail交換をした。70歳代のAさん。素晴らしい。
                  mailもつながりの大切なツールだ。


                  「ひなたぼっこ」に来れば、新しい出会いがある。
                  楽しい気持ちになる。
                  ぜひ、ひなたぼっこへ足を運び、話をしましょう!

                  (Nさん/仙台市)


                  石巻レポート

                  0

                    4月4日(月)で6日間の活動が終了しました。
                    多くの学びと宿題を頂けた、あっという間の6日間でした。
                    到着した3月30日(水)には
                    水道・電気が復活。
                    避難されている皆様もいくらかホッとしたご様子。
                    「電気ってありがたいねー」と、
                    電気のある生活のありがたさを実感していらっしゃいました。

                    救援物資も続々と届き、
                    生活環境が徐々に整うなかで感じたのは、「こころのケア」。

                    「話を聞いてほしい」
                    「相談したい」
                    みなさまそれぞれ、いろいろな想いを抱えていらっしゃいました。

                    6日間という限られた時間に何ができるかを考え、
                    とにかく多くの方々に話しかけました。
                    「ここに来て話しかけてもらったの初めて!」と
                    今まで言えなかった本音を語る方々。
                    関係性ができてくると
                    「今日ね、こんなショックなことがあったの…」と
                    打ち明けてくださる方も。
                    とにかく話をゆっくり伺い、
                    一緒に『時間と想い』を共有する時間を持つようにしました。

                    そして最終日の今日。
                    仲良くなった皆さん方とのお別れは本当に寂しいものでした。
                    玄関先までお見送りも受け、大感激。

                    初めての災害支援。
                    試行錯誤の6日間でしたが、
                    活動してきたことは間違っていなかったのかなと実感しました。

                    いただいた宿題があります。
                    支援の内容は日々変化している中、
                    これからのニーズを把握し、今後も何らかの支援を継続しつつ、
                    いつかまた石巻に戻ってこようと思います。

                    (M.M/石川県)


                    繋がっていくこと、積み重ねていくこと

                    0

                      「繋がっていくこと、積み重ねていくこと」
                      これは、現地に集まったボランティア・スタッフのミーティングの中で、
                      何度も何度も繰り返された言葉です。

                      報道を通じて知る被災地の現状に、
                      いてもたってもいられず全国から集まった面々。

                      誰のために、何のために、今自分はここにいるのか。
                      支援先が一つ増えるごとに、私達の課題も増え続けました。

                      自分の無力さや至らなさを噛みしめながらも、
                      少しずつ課題が実行に移され、
                      そこに手応えを感じたとき、
                      今日出会ったボランティア同士の目的や結束は深まります。
                      同時にその思いがひとりよがりになっていないか
                      お互いに確認し合いました。

                      ボランティア・チームのメンバーは、
                      滞在期間も所属先もそれぞれです。
                      だからこそメンバーが変わっても、
                      私たちのすべきことが揺るぐことのないよう、
                      繰り返し自分自身に問い続けていかなければなりません。

                      そして今、
                      被災者であり現地のスタッフでもある方々との繋がりも
                      生まれ始めています。
                      その繋がりが何よりも、被災された方々への支えとなるよう、
                      現地を離れる今日から再び、
                      新たな課題に向き合っていきたいと思います。

                      (M.M/東京都)


                      石巻の避難所にて

                      0
                         4月3日(日)、
                        ボランティアのによる
                        ヨガ教室が開催されました。





                        身体を動かすことで、少しの時間でも
                        気分転換となれば幸いです。
                        また、こういった機会をいただけたことに
                        感謝しています。

                        calendar
                        1234567
                        891011121314
                        15161718192021
                        22232425262728
                        293031    
                        << October 2017 >>
                        PR
                        selected entries
                        categories
                        archives
                        recent comment
                        links
                        profile
                        search this site.
                        others
                        mobile
                        qrcode
                        powered
                        無料ブログ作成サービス JUGEM